同日 10時30分 大阪モノレール 千里中央駅前(大阪府 豊中市) 秋の、やわらかな日差しが歩道に敷き詰められた白いタイルに反射して、辺りを眩しい光で満たしている。モノレールの駅から隣接する私鉄の駅に通じる歩道には、休日を駅前の繁華街で過ごそうかという人々によって早くも賑わいを見せていた。 腕を組んで、仲睦まじく歩いていくカップル。父親に肩車をしてもらい、楽しそうに笑っている少年……。彼らは、皆、今この瞬間この場所に存在しているということを心から楽しんでいるように見える。 平和……。なんとなく浮んできたその言葉を、御崎 優(みさき ゆう)はふと反芻してみた。 (平和……か) 平和そうに見える今この瞬間にも、世界各地で勢力を盛り返した敵LEACによって多数の罪のない人々が殺されていることだろう。そのことを思ってもなお、優はこの光景に平和を感じざるを得なかった。 眩しい。正直言って、その光景は、優にとって眩しすぎた。その眩しすぎる光景のなかで、唯一浮いている自分。何か、この瞬間に違和感を覚えてしまう自分。 ……あの日、全てを失い、全てから逃げ出してから3年がたった。幸せになる。そのための逃亡だったはずだ。しかし、今、自分は幸せなのだろうか。そして、彼女は…… (……あれ?) いつのまにか、立ち止まって考えに吹けっていてしまっていたらしい。優の隣を歩いていた連れの姿がいずこかへ消えてしまっていた。 「……やばい。どこいったんだ、浅葱(あさぎ)の奴……」 慌てて、辺りを見回してみる。主要商店の開店時間を過ぎ、ますます人通りの多くなってきた通路を行き交う人々ひとりひとりに視線を走らせ、見覚えのある姿を探す。 ――見つからない。この辺りにはもういないと判断して、優は人通りの多い方へ向かって走り出した。人の間を縫って進みつつ、周囲をくまなく見ていく。 準備中の札がかかったラーメン屋、格安の海外旅行ツアーを宣伝する旅行代理店、アメリカ資本のファーストフード店、近頃地元で有名なブティック、最新機種を店頭にならべた電子機器店……。 次々と視界を転じていくが、目的の人物は見当たらなかった。 「ったく、どこいったんだ?」 ぼやきながら、一度立ち止まって少し乱れた息を整えた。20才の誕生日をついこの間迎えたばかりの体は、少年時代の黄金の体力からは少し衰えを見せている。優は、「俺も年かな……」と自分の体力のなさを年のせいにしてひとり苦笑した。 「さて……。こんなところで一人で笑ってる場合じゃないな……。早く浅葱を探さなくては……」 とりあえず、自分の呼吸が静まるのを待って、改めて周囲を見回してみる。優が今立っているのは、駅前の専門店街の中心に当たる広場であった。休日ということもあり、普段は広々とした場所であるここにも、人が大勢集まっている。――と、辺りを見回していた優の目に、見覚えのある後姿が飛び込んできた。 何かのショーケースの前でたたずむ、小柄な一人の少女。質素な白いワンピースから覗く素肌は、その白さがくすんでみえるほど白く、透き通っている。風が、その少女のショートボブの髪の毛を静かに揺らしていた。 「……浅葱!」 それが、探していた人物と見るや、一気にそこまで駆け出す優。相手はじっとたたずんで何かを見つめているようだったので、見失わずに追いつくことができた。 「おい、浅葱。だめじゃないか、お兄ちゃんから離れたりしたら……」 ちょっと怒ったような口調で相手の顔を覗き込む優。相手――御崎 浅葱は、ゆっくりとした動作でこちらを振り返り、話し掛けてきた相手が優と知るや、また元に視線を戻した。 「…………」 いつものことだ。彼女は、いつもどこか違う場所にいるような感覚を人に抱かせる。そのガラス張りのような澄んだ瞳には、目の前の世界は映っておらず、遠い場所にある何かを見つめているようだ。 優は、自分の妹を見ながらそう思った。浅葱が、こんな風に心をなくしてしまったかのようになってから3年がたった。その時から比べるといくらか状態はよくなり、最近ではこちらの呼びかけに少しは反応してくれるようにはなった。 「…………」 そういえば、とふと優は気付く。浅葱は、さっきから何をじっと見つめているのだろう。普段はどんなことにも一切興味を示さないのに……。 気になって、浅葱の視線の先にあるものを優も見てみる。そこには――。 「…………!!!」 そこは、ガラス張りのショーケースだった。多分、デパートか何かのオモチャ売り場の宣伝なのだろう。いくつもの玩具が、ケース内に所狭しとならべられている。 その中の一つ。なにかの模型が、ジオラマ風に展示されていた。二足、人型の、銃を持った生体兵器――。黒いプラスチック製の展示プレートには、『人類を守る正義のロボット! がんばれディヴァイン!』と白いインクで書いてあった。 「……セ……ピア……」 「……!」 不意に、それを見つめていた浅葱が消え入りそうな声でぽつりとつぶやいた。 ――セピア。オリジナルディヴァイン八号機のコードネーム。少女は、ディヴァインの模型を見て、その名をつぶやいたのだ。 「あさ……ぎ」 その言葉にショックを受けたように浅葱を見る優。彼の顔は、今にも泣きそうな、それでいて怒りをこらえているような、そんないろいろな思いが入り交じったような表情を浮かべている。 「……セピ……ア」 また、浅葱がその言葉をつぶやいた。 「……くっ!」 今度は、一転して怒りのみの表情を浮かべ、優は浅葱の手を取った。 「……いくよ、浅葱。こんなもの見ちゃいけない」 「…………」 そして、いまだに視点をディヴァインの模型に固定したままの浅葱を、強引にその前から引きはがし、ずるずると引きずるようにして広場に戻っていった。 「……とりあえず、座ろう、浅葱」 「…………」 二人は、広場にあった古びたベンチに腰を下ろした。浅葱は、さっきディヴァインの模型を凝視していた時はまったく違った瞳でぼんやりと空を眺めている。 「……浅葱、なんであんなものを見ていたんだ?」 「…………」 苛立ったように、隣の浅葱に問い掛ける優。だが、浅葱は相変わらず空を見詰めるばかりで一向に反応がない。 「……わかってるのか、浅葱!? おまえを、こんなふうにしたのはあいつらなんだぞ! あんな物に乗るから、こんなことに……」 思わず大声を上げてしまう優。周囲を歩く人たちが、何事かと視線を向けてくる。 「……なぜ、あんなもの……。せっかく、全部忘れてここに来たっていうのに……」 つぶやいて、地面に視線を落とす。それっきり、優は黙ってしまった。 沈黙の時間が過ぎていく。周囲の喧騒の中、優と浅葱が腰掛けているベンチのある空間だけは、まるで時間が止まったようだ。 「……3年……。3年か……」 うつろな声が、優の口から絞り出された。 SSGU、ディヴァイン、敵、実験ミス……。優の頭の中を、それらの単語が駆け巡っていく。 「くそっ……! なんなんだよ……。せっかくの休日が、あんなもののせいで台無しじゃあないか。まったく、なんで……」 また、苛立った声をあげ、髪をかきむしる優。そして、今度はそんな自分を落ち着けるように大きく呼吸すると、隣で相変わらず空を眺めている浅葱の方を向いた。 「……浅葱、違うところにいこうか」 とりあえず、今の出来事を忘れるために、話題を変えて話し掛けてみる。そんな問いかけはまるで耳に入っていないかのように空を見続ける。 「……浅葱、ほら、行こうぜ」 このままでは、いくら時間がたっても動きそうにないと見て、優は自ら立ち上がると、浅葱の手を取って立ち上がらせた。浅葱は、視線は空に固定したままそれにしたがってベンチから立ち上がる。 「よし。じゃあ、どこに行こうか。とりあえず、今日はお前の新しい服を選びに来たんだから、その辺のデパートにでも入って……」 「――呼んでる」 「……え?」 また唐突に、浅葱の口から紡ぎだされる言葉。それは、すぐ隣にいる優でさえ聞き取ることはできないほど小さく、また、聞き取れたとしても、内容があまりに唐突で理解はできなかっただろう。 「……浅葱……? ……どうしたんだ……?」 いつもと違う。浅葱が、短時間にこんなに言葉を口にするなんてこの3年間は一切なかったことだ。そのいつもとは明らかに異なる浅葱の様子に、優は何か予感めいた恐怖を突然感じ取って、不意に自分の背中を悪寒が走ったのを感じた。 「あの子が……呼んでるの……」 もう一言。浅葱はいまだに虚空に視線を泳がせつつ呟く。その言葉は、先ほどの言葉よりははっきりと優の耳に届いたが、今度はその言葉に秘められた意味に、優ははっきりとした恐怖を覚えた。 ――『あの子』と浅葱は言った。その、言葉の、意味。 優の頭の中を、先ほどから何度もリフレインしている過去の記憶が、またすさまじい速さで駆け巡っていく。 ――SSGU、人類の英雄、ディヴァイン、敵に対抗する唯一の生体兵器、LEAC、『あの子』、セピア、浅葱、笑顔、突発的事故、悲鳴、ココロの叫び……。 「……ぐ……ぅっ……」 忘れようとしてきた記憶が堰を切ったように脳内に流れ込み、その圧力と蘇ってくる心の痛みが、優をたまらずひざまずかせた。 「だ、大丈夫ですか?」 そのただならぬ様子に、近くにいた人が心配そうに声をかけてきた。だが、優は自分を襲う過去の痛みに必死に対抗しているため、そのことにはまったく気づかない。 「おい、こりゃまずいぞ。……誰か、救急車を呼んでくれ!」 あわてて、優の様子を見ていた人の一人が声をあげた。そのころになると、優は半ば意識を失った状態で広場の地面に倒れ込み、苦しそうにうめいている状態になってしまっていた。 (……なぜだっ……。なぜ、今ごろこんな記憶が……。浅葱の言葉や、ディヴァインの模型を見たからといって、ここまで鮮やかに記憶が蘇ってくるなんて……。まるで、誰かに外部から干渉されているみたいだっ……!) ともすれば、記憶の渦に押しながされ、手放しそうになってしまう意識を必死に繋ぎ止めながら、優はかろうじてそう考える。絶対に、これはおかしい。誰だ、俺の心に介入してきた奴は……。浅葱……? いや、違う。こんな強引な介入はあの娘の仕業じゃあない。じゃあ、一体誰が…… 「あの子が、呼んでるの」 「!」 消え去りそうな意識の中、確かに聞こえたその浅葱の言葉。 (そうか……そうだったのか……あいつが……この……近くに……) 何か、確信めいたことを心の片隅で思いながら、優は自らの意識を閉ざし、深い深遠に沈み込んでいった。 ―――― …… ……優兄ちゃん。 ……ああ、浅葱か、どうしたんだ? 「あの子が、セピアが、何か変なの」 「変だって? どこが? ……俺には、いつもと同じに見えるけど」 「うん……。うまくは言えないの。だけど……。何か、おかしいのよ。あの子、なにかを怖がってるみたい……」 「考えすぎだよ、浅葱。今まで大丈夫だったんだぜ。今日も平気さ。あいつは、いつも俺達を守ってくれただろ?」 「そうね……。うん、ごめん、優兄ちゃん。今日の実験、がんばろうね」 「……ああ。これが済めば、しばらくゆっくりできるだろうからな。……久しぶりにどっかいくか?」 「え! ほんと? うれしい! 優兄ちゃんとデートだ! うれしいな。何着て行こうかなあ……」 「こら! デートじゃないぞ、デートじゃ。そこのところ、勘違いするんじゃない」 「えー、なんでよお。年頃の男女が、二人っきりでお出かけってことは、それはすなわちデート……じゃないの?」 「……まあ、別にいいんだがな」 「あ、優兄ちゃん、あきらめた」 「……むぅ」 「うふふ。困ってる、困ってる。……いいじゃない。たまには、私とデート、しようよ。どうせ、してくれる女の子もいないんだから」 「……よけーなお世話だ」 「いやぁぁああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああぁあああああぁぁあああっ!!!」 「浅葱! 浅葱ぃいいいいいいいいいいぃぃいっ!!!」 「だめえぇっ! 私を、私を消さないでぇっ! 助けて! 助けて、優兄ちゃんっっ!!!」 「浅葱! しっかりしろ浅葱!」 「あああぁああっ! 私が、私がなくなっちゃう……。なくなっちゃうよお、優にいちゃあぁん! みんなみんな、消えていっちゃう……。優兄ちゃんとの思い出も優兄ちゃんへ想いも……みんな……全部……消えて……いっちゃう……。いやあ……けさないでぇ……あたしの……思い出……あたしの、ココロ……あたしの、あたしのぉ…………」 「あさぎぃいいいいいぃいいぃぃいいいいいいいぃぃぃぃいいっ!!!」 「お前達が……! お前達が浅葱をこんな風にしたんだ! なぜなんだ! なぜ、あの娘を……!」 「――彼女のことはすまないと想ってるわ。……でも、わかって。これは、事故なのよ。偶然に起こってしまった不幸な事故……」 「ふざけるな! セピアが暴走した時、お前たちはなにもしなかったくせに! 俺達を、見捨てたくせに!!」 「……弁解は、しないわ」 「……っ! 貴様ああああっ!」 「……浅葱。もう、こんなところにいるのはやめよう。二人で、どこか遠くに行って静かに暮らそう。全部、全部忘れて幸せになろう……」 「…………」 「……ここにいたって、辛いだけだよ。みんな忘れて、一からやり直そう、浅葱」 「…………」 「……もう、あの時のように、笑ってくれないだな……。お前の笑顔、もう二度と、見れないのかな……」 「…………」 「……行こうか、浅葱。もうすぐ、電車がくるよ……」 ………………………………………… ………… ―――――――― ズッガアァァアアアアアアアアアンッ!!!!!!!!! 耳をつんざくような爆裂音。 (至近距離での小型ミサイルの爆発音……。弾種は、敵LEAC標準装備の高機動マイクロミサイル……) いまだ覚醒しきっていない頭の端で、そんな思考が横切った。 頭が、痛い。どれだけ意識を失っていたのだろうか。優は、突然頭に直接響いた音と振動により、強制的に意識を現実に戻されていた。 「――一体、何の音だ……?」 周囲の状況がまったく理解しきれず、とりあえず地面に倒れていた自分の体の上半身を起こしてみる。 ドサッ。 何か、重たいものの落ちる音。それが、自分の体の上に覆い被さっていたものだとわかるまでに、優は数秒の間を要した。 「……?」 疑問に思って、いまだ焦点の合わない視界をその落ちたモノに向けてみる。 赤い。そのモノは、真っ赤だ。真っ赤に染まっている。 ――染まっている? 何に? 赤いもの……赤い液体……。 「…………!」 いきなり、ぼやけていた視界がクリアーになる。飛び込んできたのは、真っ赤な血に染まった男性の死体。 「うわああああっ!?」 思わず叫んで、その場所から後ずさる優。だが、彼の背中に、また何か柔らかいものがぶつかった。 おそるおそる振り返る。そこには、同じように朱に染まった死体が無造作に転がっていた。 「なっ!? なんなんだよ、これ!!」 ドッゴオオオオオオオオン! 優の声にかぶさるように、大気を震わす爆発音。同時に、優の目には、広場の正面に位置する大型デパートの壁が爆発し、あたりに盛大に破片を撒き散らすのが見えた。 そして、その壁の裂け目の向こう。爆煙の切れ目から、わずかに覗く機械の体。無機質に周囲を見つめる赤く光る目玉。 「……LEAC!?」 そう思った瞬間に、優の体はすばやく反応していた。体の上に乗っかった他の死体を排除し、遮蔽物がなく、明らかに敵に狙われやすい広場を横切って手近なエスカレーターを目指す。このショッピング街には地下街が存在している。そこに逃げ込めば、シェルターの一つぐらいはあるだろう。 バババババババババババババ! 走り出した優の背中で、連続的な発射音が響いた。 「!」 とっさに、横に飛ぶ。間一髪、敵から放たれた銃弾の雨は、優をかすって広場の床のコンクリートを削っただけにとどまった。 しかし、今の攻撃は明らかに優を狙ったものだった。目をつけられたことに悪態をつきつつ、優は一刻も早く地下に逃げ込むべく必死に走った。 周囲には、他の人影は見えない。おそらく、どこかに非難したか、あるいは…… そう考えた時、またしても背後で発射音があがる。今度は、かなり近い。 「くそっ!」 もう一度、地面に体を転がす。その上を、大気を切り裂いて一条の光が横切っていった。敵の対人レーザーだ。 すばやく起き上がりつつ背後を振り返ってみると、まるで蜘蛛のような姿をした敵の小型兵器群が、広場の中程、さっき優が倒れていた所に立ってこちらを狙っているのが見える。 「ちいっ!」 軽く舌打ちして、目前に迫ったエスカレーターに体ごと飛び込む。優が飛び込むのと、敵がミサイルを放つのが同時だった。 爆発。 エスカレーターを転がり落ちる優の後ろで、敵の放ったマイクロミサイル群が次々と誘爆し、その爆風が優をさらに加速させて地下街へ叩き込んだ。同時に、爆発をもろにくらったエスカレーターは、もろくも崩れ去り、地下街には爆発の煙と、崩壊の粉塵が垂れ込め、一時もうもうたる戦雲に辺りが覆われた。 「いっつ……。くそ……。なんで、こんなところまで奴等が現れるんだ……?」 全身をしたたかに地下街の床に打ち付け、痛みをこらえつつたちあがる優。 「変だ、絶対に変だ。こんなところに、奴等がくるわけない。奴等は、いつも人口が多い都市部を狙っていたはずだ。なにもないこんな地方都市を狙うはずがないんだ……。実際、浅葱とここに住み始めてから……」 と、そこまで言って、優は重大なことを忘れている自分に気がついた。 自分の、かけがえのない半身。全てを擲ってでも守るべき存在。 「……浅葱!」 自分の身を守るだけで精いっぱいで、最も大事なことを忘れていたことに、優は心底恥じた。だが、今は後悔しても始まらない。まずはとりあえず浅葱を探さなくては…… (さっきの広場には、浅葱の姿は見えなかった。あの娘が敵に簡単にやられるわけないし……。じゃあ、どこにいったんだ?) 考えてみるが、心当たりはなかった。第一、あの状態の浅葱が、自分の意思をもってどこかへ行くということは、ありえないように思えた。 (でも……) でも、今日は何かがおかしかった。優は、浅葱の行動を思い返しつつ思う。 (あの子が呼んでるいるって言ってたな……。でも、浅葱にとってのあの子は、今はTOKYO-D1にあるはずだ。だったら、なぜ……) (……いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。一刻も早く、浅葱を探さないと……) 痛む体をさすりつつ、埃を払ってから歩き出す。あてはまったくなかった。しかし、探さなくてはならない。転がり落ちてきたエスカレーターは、爆発によってすっかり塞がれてしまったため、優は地下街を反対方向へ早足で進みはじめた。 地上での戦闘の影響か、地下街には、剥がれ落ちた天井などのがれきが散乱していて非常に歩きにくい。優は、がれきを避けつつ、慎重に地下街を進んだ。 そうして、15分ほどがたっただろうか。優の耳に、何か人の声が聞こえてくる。 「……?」 何かと思って辺りを見回す優の目に、廊下の突き当たりの扉から手を振っている男の姿が見えた。 「おーい、君、こっちだ、こっち」 男は、少し辺りを気にするように声を抑えて手招きしている。 優は、小走りにそこへ近づくと、ちらりと扉の表面を見た。 (……なるほど、地下シェルターか) 扉には、各地に敵LEAC襲来時に使用することを想定して設置してあるシェルターのナンバーが大きく書かれてあった。だが、一度も使用されていないのだろう。その扉の表面には、一切の汚れや弾痕はついていなかった。 「おお、よかった。今、扉を閉めようとしてたところなんだよ。ぎりぎり間に合ったね」 「……あの、すいません」 「ん?」 「……ここに、15才ぐらいの女の子が来ていないでしょうか。……俺の、妹なんですが……」 「女の子……。いや、ここにはわりと年配の連中しかいないよ。はぐれたのかね?」 「ええ……。ちょっと……」 「そうか……。大変だね。……まあ、大丈夫だろうさ。さあ、君も中に入りなさい」 そういって、その年配の男性は体を横にする。優は、浅葱がいない以上はここにとどまるつもりはなかったが、ふと何気なく中を覗き込んでみた。 狭く、暗い室内に、20人程の人が座り込んでいる。みな、一様に今回の突然の襲撃に思考がついていかず、呆然としているようだった。特に何もないと判断した優は、そのまま踵を返して地下街に戻ろうとしたのだが、ふと、室内で言い争う声が聞こえて足を止めた。 「――だから、敵が来たのはお前たちのせいだよ!」 「ちょ、ちょっと待ってください。われわれSSGUは、なにもそんなことは……」 「こっちは知ってるんだよ! お前らが、何かこそこそあそこでやってるってことをな!」 「そうだ、表向きは大学の研究所といいながら、裏ではお前達SSGUが使ってるじゃねーか!」 ――SSGU……? 大学の研究所? まさか、あの旧大阪大学研究施設がSSGUの研究所なのか……? 「……でも、あそこはわれわれが使用していたとしても、これまでは何もなかったじゃないですか!」 「……それも、知ってるぞ。お前さん達、つい一週間前に、東京から何かでかいものを運んできただろう。ちょいと、内部事情に通じている俺の知り合いに聞いたんだよ。今回の敵の襲撃は、その何かのために起こったんじゃないのかい!?」 「そ、それは……」 東京から、なにでかいものが運び込まれた……? ――まさか!? 優の思考回路が一気に覚醒する。何かおかしかった今日。セピアのことを口にする浅葱。突然蘇った過去の記憶。 (まさか、いや、もしかしたら……) そして、脳裏に浮ぶ、浅葱の目的地。 「あ、おい、兄ちゃん、どこへ行くつもりだい!? 外は危ないぞ! ここにいなさいって!」 いきなり、猛然と走りはじめた優の背後から、先ほどの男の声が聞こえるが、すでに優の耳には届いていない。 (間違いない……! 浅葱は……、浅葱は……!) 胸に、根拠のない、しかし何か絶対の確信を抱きつつ、優は地下街をひた走った。浅葱の目的地、SSGUの豊中研究施設へ向かって―― 遠くでは、いまだ敵LEACが暴れまわっているらしい爆発音がかすかに響いてきていた…… |