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同日 11時57分
SSGU豊中研究施設・防衛隊司令センター



「敵機動兵器群、距離4000まで接近!」
「防衛システム、47パーセントが使用不能になりました!」
「防衛隊の戦力では、敵の足止めは不可能です!」
 ――SSGU豊中研究施設の防衛司令センター。そこは今、混乱の極みにあった。突如として出現した敵LEAC部隊。今まで襲撃らしい襲撃を経験していないこの地域には、突然の侵攻に対処できるだけの防衛戦力が配備されているわけもなかった。
「……敵の目的は、ディヴァイン八号機の破壊ね……。起動に成功したと思ったら、すぐに嗅ぎ付けてくるんですものね……」
 ディヴァイン部隊の指揮官として、ここの防衛部隊の指揮を担当する白川は、正面、司令センターに大きく設置されたメインモニターの戦況をみながらそう思った。モニターに映る戦況は、はっきり言ってよろしくない。今も、防衛隊とともに施設を守る自衛隊の戦車隊が、敵機動兵器の大軍に群がられ、次々に撃破されていく様子や、生身で敵に立ち向かい、無造作に引き裂かれていく自衛隊員の姿などが刻々と映し出されていた。
「――敵戦力、なおも増大中! ポイント17、ポイント78において次元振動を確認! 敵部隊、出現しました!」
「敵の増援により、自衛隊第七中隊が孤立、唯一有利に戦況が運んでいたエリアでも、徐々に味方が圧されつつあります!」
「ったく、次から次へと……。まるで、ゴキブリね……」
 戦術モニターに新たに現れた、多数の光点を睨みつつ憎たらしげに吐き捨てる白河。
「白河司令、このままでは……」
「……わかってるわ。こんなときのために、わざわざ東京から彼らを連れてきたんだから。役に立ってもらわないとね」
 せっぱ詰まった表情で白河を振り返ったオペレーターの女の子に、白河は余裕で微笑んで見せる。敵が数は多いとはいえ小型・中型中心の戦力ならば、勝つチャンスはある。そして、このような事態を想定して、白河はTOKYO-D1から直属の戦力を連れてきていた。
「――第三格納庫にて待機中のディヴァイン部隊に通達。全機、M次元潜航ゲートを使用してM次元に潜航。ポイント17、78付近に潜航中と思われる敵母艦を撃破して後続の部隊を絶て。その他の通常戦力は、そのまま戦闘続行。遅滞行動をとりつつ交替し、第二防衛ラインで戦線を再構築して待機して、その後、敵母艦を撃破したディヴァイン部隊が敵を背後から強襲。同時に、通常部隊も反撃を再開し、敵を挟撃して撃破します。――いいわね」
 直接、手元のインカムを使用して部隊に命令を下す白河。オペレーター達が、その命令を各部隊に伝達し、調整を行ってから、作戦は開始された。
「――量産型ディヴァイン各機、M次元潜航ゲートに移送完了」
「M次元潜航ゲート、作戦開始。次元振動増大、ゲートに出現を確認」
「――ゲート、既定値クリア。次元振動安定域へ。潜航可能領域まで、あと3……2……1……」
 研究所の地下に作られた巨大なスペースに、白河直属の量産型ディヴァイン部隊のディヴァイン、通称『セーブル・ナイト』が5機巨大な円形のゲートに前に立っていた。ゲートは、ゆっくり回転し、周囲に取り付けられた何かの装置が、空間に振動を起こし、それらの共鳴効果が、ゲートの中心に大きな円形の次元トンネルを出現させていた。
 ――M次元潜航ゲート。M次元とは、マイノル・スペースの略であり、それは我々の住む次元と平行に存在する別次元のことをさしている。この次元には、ある一定の次元振動を引き起こすことで入り込め、そこに入っている(潜航しているというようにいう)状態では、現有のいかなるセンサーでも感知はできなく、唯一次元振動を感知するものでしか発見はできない。しかも、その振動は潜航・浮上する時か、次元内で大仰に動き回った時にしか発生しないので、次元内の敵を発見するのは非常に困難といえるのだ。元々は、この技術は敵LEACのものだったのだが、人類側もその解明に成功し、兵器として使用しているのである。ただし、潜航に使用する装置は大変高価なため、単体で装備しているのはオリジナルディヴァインのみで、量産型ディヴァインの潜航には、このような専用のゲートを使用する。ちなみに、浮上の際には、使い捨ての次元振動パックを使用して一度のみなら浮上することができる。また、M次元内に入って活動できるのはコンタクター(簡易でも可)を積んだディヴァインのみである。
「ディヴァイン部隊、順次潜航開始。次元内に特に異常なし」
 ゲートに、ディヴァインが次々に飲み込まれていく。次元内に入ってしまうと、一切外部からは遮断され、連絡も取れなくなってしまう。頼れるのは、搭載された次元内ナビゲーションシステムのみである。
「――全機、潜航を確認、通信、切断します」
「……あとは、彼らが敵母艦を倒すのを待つだけか……」
 しばし、司令センターに沈黙が訪れる。時折、第三防衛ラインまで後退した防衛隊より通信が入る他は、実に静かになった。敵も、後退したこちらの戦力を見て、一時様子を伺うことにしたらしい。
(それならそれで、好都合よ……)
 白河は、敵の慎重さに今回は感謝した。これで、ディヴァイン部隊が攻撃するまでの時間がかせげるし、攻撃実行後に反撃を開始する際の戦力の温存にもつながる。今の所は、白河の思惑通りに進んでいると思えた。しかし――
 ヴィーン! ヴィーン! ヴィーン!
 突然、司令センター内に警報が鳴り響いた。
「……! 一体何!?」
 いきなりのことでうろたえる白河は、手近なオペレーターに状況を尋ねる。
「……え、M次元潜航ゲートに次元振動確認! 次元内から、こちらに浮上してきます!」
「なんですって!? 敵!?」
「……いえ、一応味方のディヴァインですが、何か様子が変です」
「メインモニターに映像にまわして!」
 メインモニターの画像が切り替わり、M次元潜航ゲートの様子が大きく映し出される。見守るうちに、ゲートは中心部から激しく輝きはじめた。……浮上の前触れだ。そして、輝きが最高潮に達した時、ゲートから巨大な腕が突き出した。先ほど潜航した量産型ディヴァインの腕だ。そして、胴体まで出現したディヴァインは、そこで不意に動きを止めると、数秒の後、上半身のみでゲートからボトリとこぼれ落ちた。
 ズシャァアアアアアアアン!
 床に落下し、激しい音を立てるディヴァインの上半身。もぎとられたかのような上半身の傷口からは、内部生体部品用の循環液が、まるで血のように床に大きな染みを作っていく。
「一体何が起きたの!? ……あのディヴァインとの通信は!?」
「通信、つながりません! 目標のディヴァインは、完全に機能を停止している模様!」
「ただちに回収班を向かわせて! ……他のディヴァインが浮上してくる気配はない!?」
「今のところ、反応ありません! ――いえ、なにか反応が……え、そんな!」
「どうしたの!?」
「M次元潜航ゲートに巨大な次元振動確認! 味方のものではありません! IFF確認できず!」
「ゲート内、振動増大中! 目標、ゲートよりこちらへ侵入してきます!」
「……くっ! 目標を敵と確定! 直ちに迎撃用意! ゲート封鎖急いで! 同時に、ゲート内部にAMA(対M次元用兵器)投下!! 目標を食い止めて!」
「了解! ゲート緊急封鎖、同時にAMA投下開始!!」
 モニター内で、ゲートが急速に光を失っていく。そして、周囲の壁から出現したミサイルポッドから、対M次元用の次元爆雷が射出され、M次元内に飛び込んでいく。
「AMA投下確認! 次元内で炸裂、炸裂による次元始動を認知しました!」
「だめです! 目標に対して、AMAの効果はまったく認められません! 敵反応さらに上昇!」
「それでもいいわ! AMA投下続けて! ゲート封鎖まで時間を稼げれば!」
「わ、わかりました。AMA、全弾発射します!」
「ぎりぎり……いけるか!?」
 また、AMAが発射され、ゲートに飛び込んでいく。ゲートは、緊急閉鎖のプログラムに従い、急速にその穴を縮小させていった。
「ゲート、閉鎖まであと3……2……1……」
「間に合った……!?」
 ゲートの中心に、わずかに残った小さな穴が閉じてゆく。それが、完全に消えようとしたその時、ゲート内部より、強大な腕が突き出した。明らかに先ほどのディヴァインのものとは違う。もっと生物的で、何か凶悪な意志を持っているかのようにうごめいている。
 その腕は、一度ゲートの奥に引っ込んだかと思うと、いきなり両手をゲートの閉じようとしている穴の縁にひっかけ、強引にこじ開けようとするかのように力を込めはじめた。
「――敵、ゲートを強引に展開! ゲート、徐々に開いて行きます!」
「M次元潜航ゲート、完全に逆進行されました! 敵のエネルギー反応増大中!」
「ゲート、敵の手により7割がた開放! 敵、ゲートから外部に浮上してきますっ!!」
「……っ!」
 思わず唇をかみ締める白河。うかつだった。敵が、ここまで戦力を投入してくるとは……。敵は、はじからM次元に罠を張って待ち構えていたのだろう。おそらく、量産型ディヴァイン部隊は全滅したに違いない。メインモニターに徐々に全容をあらわしつつある敵は、おそらく、敵の大型上位種――オリジナルディヴァインに匹敵し、量産型ディヴァインが10機束になっても敵わないといわれているやつだろう。そうでなければ、M次元潜航ゲートを強引に向こう側からこじ開けるなんて芸当はできるはずない。
 そんな白河の分析を裏付けるように、オペレーターから悲鳴のような報告がはいった。
「敵のフィールドイメージグラフィックス照合完了! 敵は、LEAC大型機動兵器上位種タイプと確認!」
「…………」
「司令! どうするんですか!?」
「司令! 命令を!」
「負け……たの……?」
「司令!!」
 グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
 咆哮。ゲートから、その凶悪なフォルムを持つ頭部をのぞかせた敵上位タイプは、その口腔をいっぱいに開き、辺りを揺るがすような大きな咆哮をあげた。おもむろに辺りを見回すと、不意に口をもう一度展開した。
 光芒。目くるめく光芒。そして、激しい振動。
「――敵大型上位種、高出力荷電子砲を発射! 今の攻撃で、M次元潜航ゲートは崩壊、隣接区画も壊滅的打撃を被っています!」
「敵は、そのまま前進! 壊滅した第4区画を通過して第5区画へ進行中!」
「――第三防衛ラインより入電! 敵機動兵器群が再攻撃を開始! 防衛隊は、激しい攻撃によって損耗を強いられています!」
「敵上位種、第6区画へ侵入! まっすぐ第7区画、R17試験場を目指しています!!」
「目的は、やはり八号機……。そんなに、オリジナルディヴァインが恐いの……!?」
 すでに、血の気を失って白くなるほどに唇をかみつつ、白河は絶望的な声で呟く。
「……でも、あれは守らなきゃいけない……! どんな犠牲を払っても! まもらなければ、いけないのよ……!」
 何かを決意したかのようにうなずく白河。そして――
「研究施設内の全職員およびに戦闘要員に通達! たった今から、この施設は放棄します。全員、速やかに脱出してください。なお、全員の脱出を確認後、この施設を爆破、敵を殲滅します! また、研究資料の持ち出しは最低限としますが、オリジナルディヴァイン八号機は、最優先で脱出させます。最後に、防衛隊は、各自脱出し、大阪支部の部隊に合流してください。以上です。時間がないので、施設爆破は30分後とします。では、皆さん、無事な脱出を祈ります」
 司令センター内が、いっそう騒がしくなった。主要なオペレーター以外は、即座に席を立ち、我先にと脱出用の車両や、航空機がある場所へ急ぐ。他のオペレーター達は、脱出経路の案内や、施設の自爆操作などを担当した。そして、白河は……
「――じゃあ、後をたのみます。第7区画は、全シールドを閉鎖して時間を稼いで。施設の自爆作業が終わったら、すぐに脱出しなさい」
「……了解です」
「私は、八号機をここから脱出させてから独自に脱出するから心配しないで。じゃあ、後は任せたわよ……」
「はい、司令もお気をつけて……」
 オペレーターに見守られて、白河は司令センターを後にした。最優先事項は八号機の脱出。これさえできれば、後はどうでもよい。施設の職員が死のうが、街が焼かれようがどうでもよかった。ただ、八号機のみが人類の希望なのだ。むざむざとここで破壊させるわけにはいかない。
「…………」
 ズガアアアアアン! ドゴオオオオオオオオオオオン!
 非常階段を駆け下り、第7区画へと急ぐ。近づくにつれ、敵上位種が辺りを破壊する音も近づいてきた。
 だが、第7区画は半地下式であり、しかも最重要区画として幾重にも厳重にシールドされているから、簡単には近づけないはずだ。いずれは突破されるだろうが、少しでも時間が稼げれば八号機を脱出させられる可能性も増す。気休めでも、今の白河にはそれはありがたかった。
 プシュッ!
 かすかな圧搾空気の音がして、実験施設のオペレーションルームのドアが開いた。白河は、すぐにその中に滑りこみ、端末を立ち上げて準備する。動かすのは、八号機のM次元ユニット。これは着脱式のオプションみたいなもので、外部からでも操作できる。これを作動させ、大阪支部辺りのビーコンをインプットすれば、向こうで拾ってくれるだろう。こことは違って関西最大の規模を持つ防衛施設だ。敵の大型上位種といえどなんとか倒してくれるだろう。
 その希望を持って、白河は端末を操作し続けた。
 しかし、白河はふと、何かを感じた。そして、何かに導かれるように、オペレーションルーム脇の扉を開け、R17へ直接入っていった。
 証明が落とされ、ほとんど薄暗い中に、ディヴァイン八号機は沈黙を保っていた。人類の希望だというオリジナルディヴァイン。自分の命を賭してまで、そして数多くの人々を犠牲にしてまで、本当にこれを守る価値はあるのだろうか。ふと、白河の胸にそんな考えが去来する。
 しかし、白河は馬鹿なと笑ってその考えを打ち消した。これが全ての希望だということは、白河自身がよくわかっている。これが動けば、人類はまた敵から世界を守れるのだ。『人類の守護神』――まさに、このディヴァインには、その名がふさわしい。でも……
 今、ここで死んでゆく人々を守れないで、なにが守護神なんだろう……
「――これは、守護神なんかじゃないわ」
「……!!」
 不意に、背後から沸き上がった声に、白河はびくっと体を震わせ、慌てて後を振り返った。
 そこには、暗闇の中で、ひときわ映える白いワンピースと、その白よりさらに透き通った白い肌を持つショートボブの小柄な少女がゆらりと立っていた。
「……あなたは、一体どこから……」
 といって、白河ははたと気づく。この娘……どこかで……
 白河の記憶に引っかかる少女の顔。思い出せそうで出てこない。その、もどかしい数秒間の苦悶の後、白河の瞳は、驚愕に大きく見開かれた。そして、恐ろしいモノでも見るようなおびえた表情で目の前の少女から、一歩、二歩と後ずさると、改めてもう一度その少女の顔を確認し、自分の記憶に間違いないことを知ると、また恐怖の表情を浮かべた。
「……あなた……御崎 浅葱……? ま、まさか……」
「――この子は、守護神なんかじゃない。この子は……」
 噛み合わない会話。白河は、ただひたすら驚愕し、浅葱は、ただひたすら、意味の通らないことを話していた。
 だが、白河は驚愕をやっと鎮めると、今すべき重大な任務に思い当たった。そして、その任務と、今目の前にいる少女とを照らし合わせてみる。なんという一致だろうか。八号機を、何とかして動かしたい時に、この少女に巡り合えるとは……
「……浅葱……さん。この三年間、あなたがどこにいたかは私は知らない。SSGUでもあなたたちを探したりはしなかったわ。それは、あなた達が深い心の傷を負ったから……。だけど、3年たって、またこの八号機の前に立っているということは、またこれに乗ってくれるってことなのよね……?」
 哀願するような響きが混じった口調で、白河は浅葱に話し掛けた。しかし、浅葱は何も答えない。答えずに、じっと八号機を見つめるだけだ。
「ねえ、浅葱さん……。あなたはなぜ戻ってきたの? これに乗るためじゃないの……?」
「――ココロを、置き忘れてきたから」
「え……?」
 唐突なその言葉に、思考がついていかない白河。ココロを、置き忘れた。その言葉の意味するところは、一体何なのか、白河にはまったく理解できなかった。
「あなたは、一体何を言って……」
「――浅葱っ!!!」
 いきなり、またも白河の背後で声があがる。またも驚いた白川は、またもあわててそちらに振り向いた。
「あなたは……御崎 優君!?」
「……浅葱、行くぞ。こんな所、きちゃいけない」
 優は、しかし白川は無視して浅葱にまっすぐ歩みより、その腕を取って連れて行こうとした。
 だが――
「待って、優君。お願いがあるの! 今だけでいい! 今だけでいいから、この八号機に乗って戦って!」
「…………!」
 浅葱を連れて歩こうとしていた優の足が、ぴくりと停止する。視線は、相変わらず前方を見詰めたままだが……
「お願い! 今これが動かないとたくさんの人が死ぬのよ! あなたは、死んでいく人を見捨てるような人じゃなかったはずでしょ!?」
「――勝手なもんだな」
「……えっ?」
「勝手なもんだなって言ってるんだよ!!」
「あんた達は……三年前、俺達を見捨てた。あんた達の都合で、俺達は殺されかけたんだ! おかげで、浅葱はこうなっちまった! しかも、その時のお前たちの言い訳はなんだった!? 偶然の事故だ!? ふざけるな!! お前ら新SSGU派が、旧SSGU派を駆逐するためにしくんだことだったくせに!! そんなやつが、人の命とかきれいごとを口にするんじゃねーよ!!」
「……そう……ね」
「……そうね……か。変わってないよ。お前ら。あの時、組織のため、人類のためとかいって一人の少女の未来を奪ったころのお前らと、まったく変わってないじゃないか!! そんな奴等に、どうして俺達が協力するんだよ!?」
「……わかってる。そうよね、私たち、勝手だものね……。でも信じて! 浅葱さんがああなったのは、本当に事故で……」
「うるさい! 今更、そんなこと信じられるか! もしそれが本当だとしても、お前達がおれたちを利用したことには違いないだろう!!」
「…………」
 二人とも、それきり押し黙ってしまう。白河を睨み付ける優。その視線に耐え切れないように目を伏せている白川。二人の間に、長い沈黙が降りた。
「――この子が、呼んだの」
「……浅葱?」
「呼んだの、この子が。だから、私はここに来たの」
 優の後ろにいたはずの浅葱が、いつのまにか八号機の足元に移動し、そして独り言なのか、こちらの二人に話し掛けているのかわからない微妙な口調でしゃべっていた。
「……浅葱、何を言ってるんだ……?」
「……優兄ちゃんも、呼ばれたからここにきたんでしょ?」
「……! 浅葱。お前、今、俺のこと……」
「……この子、三年前のあの日以来、ココロを閉ざしてた。それは、信じる人に裏切られ、そして、大切な人を傷つけたから――。わたしと、いっしょ」
「浅葱……お前は……」
「……この子、私のココロを持ってるの。私のココロは、この子の中にあるの。ずっと、置き忘れてた。そして、ずっと忘れてた。この子のこと、そして、優兄ちゃんのこと……」
 ドオオオオオオオン!
 近いところで、爆発が起きた。敵、上位種が、第7区画のシールドを破ろうとしているのだ。
「――この子は、私の全てをつないでくれる一本の糸。それがなければ、私は一人。いいえ、そうじゃない。私は、この子がつむぐ、みんなと私をつなぐ糸がなければ、どこにも存在しない人間になってしまうのよ……」
「――だから……」
「――だから、私は戻ってきたの。私のココロを取り戻すため。この子が、私を呼んだから。私のココロは、存在は、ここにあるよって」
「じゃあ、じゃあ、浅葱さんはこれにまた乗ってくれるのね!?」
 話を聞いていた白河が、救いを得たような笑顔を浮かべ、浅葱に近づいていく。
「……そう、それが、わたしの生きる理由だから」
「浅葱!」
「……ごめんね、優兄ちゃん。私、優兄ちゃんが深く傷ついたのよくわかってる。でも。私が私でいるにはこの子に乗るしかないの。そして、優兄ちゃんへの思いも、この子の中にあるから……」
「…………」
 ズゴオオオオオオオオオン!
 また、爆発音。今度は、さっきより近い。
「急いで、浅葱さん。敵がこっちに向かってるわ。乗るなら、早くしないと間に合わないわよ」
「……はい」
「…………」
「……優兄ちゃん、私は、信じてる。優兄ちゃんもあの子とともにあるんだってこと。そして、それは私と一緒だということなんだもの……」
「浅葱さん!」
「わかしました……」
 ゆっくり、優の元から離れ、八号機へと近づく浅葱。すると、八号機は勝手に動き出し、腰をかがめる姿勢を取ると、浅葱を頭部コンタクター槽へ乗り込みやすくした。姿勢が低くなった八号機に手をかけ、するすると上っていく浅葱。そして、ぱかりと空いた頭部コンタクター槽ハッチにたどり着くと、その身に纏ったワンピースを一気に脱ぎ捨てた。
 はらりと、純白の布が宙を舞い、音もなくふわりと地上に降り立つ。その純白の裸身をうすやみの中に晒した浅葱は、もう一度八号機の足元に立ち尽くす優に話し掛けた……直接、頭の中へ。
(優兄ちゃん……。私、待ってる。優兄ちゃんは絶対戻ってきてくれるって……)
(この子には、何の罪もないの……。そして、この子を動かすことは、優兄ちゃんと私にしかできないことなんだよ……)
(来て、優兄ちゃん。また、浅葱と一緒になろうよ……)
(また、あの日のように、輝いて……)
 ウィーン……
 頭部コンタクター槽が閉鎖され、浅葱はその中に消えた。
 いまだ、立ち尽くす優。その隣で、白河は遠慮がちに優に話し掛けた。
「――別に、許してもらおうなんて思わないわ。そして、あなたに組織のために働けともいわない。ただ、この世界には、あなたが必要なのよ。だから……私たちを永遠憎んでもいいから……それでもいいから、この世界を、人類を救って……」
 優は、足元に視線を落としたまま動かない。それを見て、悲しげなため息をついた白河は、起動準備をするべくオペレーションルームに戻っていった。

「――起動前の全機能チェック、省略」
「各動力源、異常なし。背部バッテリーユニット、充電確認」
「――内部DAM起動コード入力」
「起動確認。各部エネルギー伝達順調……」

(……俺は、なぜここに来た?)
(浅葱を探して、……でも、それだけなのだろうか……)
(俺は……セピアに呼ばれた……のか……?)

「――機体動作、最終チェックオールクリア。――続いて、コンタクターと八号機のコンタクトに入ります」
「――コンタクター、八号機とのコンタクト開始。第一層から第三層まで、すべて異常なし……」

(俺は……何を……すべきなのか……)
(なんのために、生きてきたのか……)
(俺にしか、できないこと……。セピアに乗ること……)
(でも、俺は……)

「コンタクターと八号機の接続完了、次に、パイロットとコンタクターとのコンタクトは――」

(俺は……俺は……)
(なんの、ために……)

優兄ちゃん……!

 声が、聞こえた。
 その時、優の中で、何かがかちりと音をたてた。
「そうか……! そう……なんだよな……。わかったよ、浅葱、セピア……。俺は……」
 優は、そういって目線をあげると、八号機――セピアをぐっと真正面から見据えると、さっと身を翻し、八号機の背部――パイロット槽に向かった。
 背部に到達すると、すでに開いていたハッチから、内部に滑り込んでシートに腰掛けた。すぐに、自動でハッチは閉まり、シートの背後から生体コネクターが伸びて首筋に密着する。優は、久しぶりのその感覚に、目を閉じてシートに深々と腰掛け、自動でしっかり体を固定してくれるのに身を任せた。
「……いいのね、優君」
 ふと、通信機から、白河の声が聞こえる。優は、そのままの姿勢でそれに答えた。
「……別に、お前たちでも、人類のためなんかでもない。俺は、俺の理由でこいつに乗るんだ……」
「……ええ。それでいいのよ。なにがどうあれ、人類には、あなた達が必要なのだから……」
「…………」
「――パイロットと、コンタクターのコンタクトを開始します。神経回路、オープン」
 意識が流れ込んでくる。浅葱の、意識だ。直接、言葉で語り掛けてくるわけではない。すでに、精神の世界には言葉など不要になっているのだ。意思を伝えるには、想うだけでいい。そうすれば、全てが伝わる。だって、二人はすでに一人なのだから……
「――司令センター、聞こえる?」
「はい、こちら司令センターです。……あ、白河司令、自爆作業、あと少しで完了します」
「……もう、作業はいいわ。中止して。――それより、今からそちらに戻ります。八号機の、発進準備急いで」
「はあ!? 八号機って……パイロットも、コンタクターもいないのにですか!?」
「……今、到着したのよ。いいわね、とにかく、発進準備よ」
「――了解しました。自爆プログラムを解除、八号機の発進準備を開始します」
「……お願いね」
 通信を切ると同時に、白河はオペレーションルームを飛び出し、非常階段を駆け上がって司令センターに急いだ。途中、迫りくる敵上位種の攻撃による振動がなんどか彼女を襲ったが、なんとかびっくりするぐらいのはやわざで司令センターに駆け込むことができた。
「状況は?」
「――敵上位種、第7区画最終シールドに対して攻撃を実行中。突破は時間の問題かと……」
「わかったわ。じゃあ、八号機の機体データをだして、メインモニターにね。最優先よ」
「了解」
 あらかたの人間が脱出した司令センターで、残った数人のオペレーターが、白河の司令でデータを処理していく。ほどなくして、八号機のデータが、画面に映った。
「おおーーーっ!」
 同時にあがる感嘆に声。今、八号機のパイロットのコンタクターは、完全に同調状態にあった。
「司令……これは……」
「――オリジナルディヴァインに搭乗するために作り出された唯一の存在……完全ペアとはよく言ったものだわ……。彼らは、八号機の専属パイロットとコンタクターよ」
「しかし、一体どこから……」
「戻ってきたのよ……。彼ら自身の意志でね……。――八号機、発進準備!」
「りょ、了解! 八号機、発進準備!」
「今回は、正規の格納庫からの発進ではないので全ての手順を省略します。目標は、あなた達の目前に迫る敵上位種一体。おそらく、敵はそいつを倒せば全軍撤退するでしょう。ですから、その一体に攻撃を集中、短期決戦で勝負をつけてください」
『了解』
 八号機から、優のきわめて冷静な声が聞こえてきた。
「……任せたわよ……。それでは、発進!!!」
 ――内部に向けていた知覚を、一気に外部へ向かって放射する。閉じた瞼の奥に、脳裏に直接外の景色が映った。そして、すさまじく高いエネルギー反応を示す敵も、ディヴァインの知覚システムを通じて直接認識する。
 優は、久しぶりのその感覚にゆっくり慣れるように辺りを見回す。そして、思考する。
「立て」
 と。
 その思考に応じて、セピアはゆっくりひざまずいていた姿勢から立ち上がり、敵がいる方向を向いた。
 その瞬間、感じられる敵のエネルギー反応が、爆発的に高まる。
「――優兄ちゃん!」
 浅葱の、鋭い警告の思考が、優の脳に届いた。思考は、そのたった一言で、中に詰まった色々な情報を教えてくれる。
「――敵、荷電子砲をこちらに向けて発射する……か!」
 情報に基づき、優は回避行動をとった。セピアは、そのまま横に大きく跳躍し、直後に壁を突き破ってほとばしったビームの帯をすんでのところでかわした。
「……ちっ! 敵は飛び道具かよ! ――おい、白河司令、こっちの武器は何かないのか?」
『ごめんなさい……。起動テストだけの予定だったから……武装は何もないのよ……」
「……まあいいや。このセピアはもともと高機動白兵戦用ディヴァインだからな……。武器がなくても何とかしてやるさ!」
 優は、セピアをビームでできた穴に突っ込ませる。
「おおおおりゃああっ!!」
「――優兄ちゃん!?」
 それは、危険よ――という浅葱の思考が脳に響くが、優は委細かまわずに機体を突っ込ませた。
「……!」
 目の前に、真っ黒な生体革装甲で体を覆った敵上位種の姿が見えた。敵はこっちがこのように突っ込んでくるとは思わなかったらしく、一瞬反応が遅れた。
「――もらった!」
 セピアが、拳を振り上げ、思いっきり腰の乗ったストレートを放つ。それは、敵の顔面(?)にヒットすると同時に、拳の先から液体火薬による衝撃を発し、相手に二重のダメージを与えた。
「いけええぇぇええっ!」
 それを追って、セピアも加速、すぐに追いつくと、その勢いのままで倒れている敵に強烈な蹴りを食らわせた。
 またも、吹き飛ぶ敵上位種。その衝撃で区画の外壁が破れ、二体はそのまま外へ飛び出した。
「へへ。俺にとっては、外の方が戦いやすいからな……」
 独りごちる優。相手を外へ出したのは、もちろん閉鎖空間で自分の動きが封じられるのを嫌ったこともあるが、これ以上施設への被害を増やさないということからでもあった。
「よし、それじゃあ、あらためて、いくぞ!」
 ダッ!
 加速。セピアは、目にも止まらぬスピードで、敵に向かってダッシュをかけていた。
 敵は、その切れ味の鋭そうな高速振動爪が生えた伸縮自在の長い二本の腕を使って攻撃してくるが、セピアはそれらを見事にかいくぐり、逆に的確に急所に打撃をヒットさせていく。
 ぐおおおおおん!
 それに業を煮やしたのか、敵は体の各所からミサイルやレーザー砲などを出現させて攻撃してくるが、セピアはその高機動性を生かし、それらの攻撃を全て回避した。武器がないために、いまいち決め手にはかけるが、セピアは確かに敵上位主を圧倒していた。
「……司令、これがオリジナルディヴァインの威力、ですか……」
「……そうね。量産型のディヴァイン10機をもってさえ敵わなかった相手を、武器も持たずに素手で互角以上にやりあうとは……。さすがは、オリジナルディヴァインよね……」
(でも、本当はこんなものじゃない……。彼らは、本調子ではないわ)
(それでも……さすが、というべきかしら……)
 敵は、完全に劣勢に回っていた。内部に突きぬけるダメージこそないが、セピアの重い一撃は、敵の装甲を越えて内部にまで衝撃を届かせ、確実にヒットポイントを奪っていく。
 そして、ついに、敵はその蓄積したダメージによって地にひざをついた。
「よし……。相当効いているみたいだな……。そろそろ止めといくか……」
 相手が弱ったと見て取ると、優はすばやく相手を仕留める行動にでた。しかし、その前に、相手は最後の力を振り絞ってか口腔を大きく開け、内部の大型荷電子砲をのぞかせる。
「何!? 今ごろ撃つつもりか……? だが、そんなものにはあたらないぜ!」
 相手の視線を読み、回避行動に入る。しかし、敵はそんなセピアを無視していきなり方向を変えると、セピアとは違うところに照準を合わせた。
 その目標は、SSGU研究施設司令センター。
「何っ!?」
 その照準先を、データ処理している浅葱からの思考転送で受け取った優は、すぐさま行動に移った。
「やらせるかああああっ!!」
 猛然とダッシュし、発射前の無防備な体に止めの一撃を加えようとする。だが
「間に合わない――!?」
 敵の、荷電子砲発射の方が一歩早かった――!
「くっそおおおおおおっ! 間に合えっ!!」
「――敵上位種、我が方向に向けて荷電粒子砲スタンバイ!」
「なんですって!?」
「八号機、阻止に走ります! ――だめです! 発射の方が早い!!」
「だめ……か……!!」
 司令センターを、白色の光が覆い尽くす。内部の人々は、みな床に身を投げ出したり、コンソールに突っ伏したりしたが、一向に爆発や融解が始まる気配はない。
「……?」
 おかしいと感じた白川が、恐る恐る目を開いて見ると――。そこには、司令センターの前で立ち尽くし、自らを盾として荷電粒子砲を受け止めたセピアがいた。
 しかも、驚いたことに機体には傷一つついてはいない。代わりに、背中より生える、一対の、白き翼が――
「――天使……」
 誰かが、呟いた。そう形容するのがふさわしいほど、目の前のロボットは威厳と、そして美しさにあふれていた。
「――ソアー・バインダー……」
 白河が、ぽつりと言葉を漏らす。
「オリジナルディヴァインの象徴的装備で、これが展開されてディヴァインは、C・MODEと呼ばれ、その真の力を発揮するという――」
 白川の、誰に言うわけでもない説明が続いたが、全員、目の前のセピアの美しさに目を奪われ、その言葉を聞いている人間は誰一人としていなかった。
「……ふぅ。味な真似してくれるじゃないか、敵さんよ……」
 コクピットの中で、優は光に包まれていた。あの、敵が撃つ瞬間、浅葱と優の意識は、確かに臨界点を突破した。その時、二人の体に力があふれ、セピアの眠れる力を引き出したのだ。
「さて、そろそろ終わりにしようか」
 優の言葉と同時に、セピアがまばゆい白色光に包まれる。そして、一瞬ののち、そのまま天高く舞い上がったセピアは、その二枚の翼に全エネルギーを収束させ、そして、それをそのまま敵上位種に向かって照射した。


 敵上位種は、その圧倒的なまでのエネルギーの奔流に押し流され、そしてその中で静かに消滅していった……
「――敵、上位種消滅確認」
「――前線より報告。敵部隊の撤退開始を確認。被害は大きいようですが、どうやら全滅はまぬがれたようです」
「市街地の被害も、比較的軽微にすみましたし、この研究所も、半分が壊滅しましたが、貴重なデータは残りました」
「……やりましたね、司令!」
「おめでとうございます!」
「やった! これで人類は救われるんだ!」
「やったーーーー!!」
『うおおおおおおおっ!』
 司令センターを、いつまでも歓声が包み込む。
(……これで、よかったのよね、これで……。たった二人の男の子と女の子に、世界を託して、これで、よかったのよね……)
 その歓声の中、白河は、モニターに映るセピアを見ながら、嬉しさと、安堵と、そして、いつまでも自分を責め続ける罪悪感の中にいた。鳴り止まない歓声の中、ずっと、ずっと……





「――これで、よかったんだよね。優兄ちゃん」
 司令センターの歓声は、通信機を通して二人の耳にも届いていた。
「……ああ」
「……私は、ここにしか私がいないから、ここにもどってきたの。だけど、優兄ちゃんは――」
「いいんだよ。俺も、……なんとなく見つけたんだよ、こいつに乗る理由をさ」
「……ほんとに?
「ああ。――だから、心配するな。俺は、ずっとお前と一緒にいるからな……」
「うん……」
 三年ぶりの会話。心の接触。二人は、なんだか、自分があるべき姿に戻ったような気がして妙にココロ安らぐものを感じていた。
「――そういえばお兄ちゃん」
「うん? なんだ?」
「……三年前の約束、覚えてる?」
「……えーと、なんだったっけ?」
「んもう。やっぱり忘れちゃってる! ――あのさ、あの日、約束したじゃない。たまには、二人でデートでもしようって言ったの」
「そうだっけ?」
「そうなの! ……だからさ、明日、デート、しない?」
「……そうだな。そういえば、そうだったな。約束、してたっけな」
「うん! いこうよ、お兄ちゃん!」
「……ああ、そうしよう。今日はせっかくの休日だったのに、なんだかんだでつぶれてしまったしな」
「えへへ! うれしいな。何着てこうかな……」
「……あ。お前の服、俺が買った奴ばっかだから、あんまりいいのないかもしれない……」
「えー、うそ!! 優兄ちゃん、センス悪いんだもん! どーしよー、着ていく服がなかったりして……」
「わーかった、わーかった。明日、服も買ってやるよ。しゃーないな」
「ほんとー! えへへーやったねー!」
「……まったく。しょーがねーやつだ」



 ――今日のこの日、世界の運命は、たった二人の男女に託された。人類の未来は、生か死か……それとも……
 無邪気に笑い合う、優と浅葱。いまから、この二人には過酷な運命が待ち受けているだろう。二人の小さな肩に背負うには、世界の命運というものはあまりにも重すぎるかもしれない。
 ――西暦2012年。謎の敵と、人類の戦争は、まったく収まる気配を見せない。その戦場に再び舞い降りた天使は、人類に希望をもたらすのだろうか。その答えを知る者は、今は、まだ、いない。


(終わり)






北九州文学 1999年度版より

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